兵庫県丹波市山南町にある小さな村・笛路村。加古川源流付近にあり、中山間地域特有の厳しい寒暖差ときれいな水が、美味しい農産物を育んできました。村を上げて棚田を維持管理し、里山ならではの風景が広がります。今回は、2010年にこの笛路村へIターンし、栽培だけでなく農家民宿やレストラン、里山ようちえんなど幅広く活動する竹岡農園の竹岡正行さんにお話を伺いました。
 

(竹岡正行さん)


 

里山の自然を、農場を人の居場所とコミュニティの育つ場に

竹岡さんは大学卒業後、無農薬・無化学肥料栽培で多品目の野菜を生産・販売している栃木県の農業法人で半年間修業を積み、その後笛路村に移住・就農。最低限の農機具を揃えたところで貯金がつき、アルバイトをしながら農業をスタートさせました。自然の力・土の力を引き出して、自然にとって無理のない農業を試行錯誤しながらつくりあげる竹岡さんの野菜にはファンがつき、その人たちのためにも本腰を入れたいと、農業一本で生きていくことに方針転換します。
 

(水田ではうるち米のほか黒米も栽培し、里山レストランでも使用している)


 
農業を生活の中心に据えたとき、竹岡さんが心がけたのは、村の休耕田を開墾していくこと、そして里山や農園に人とのコミュニティを作る「居場所事業」を行うということでした。
 
居場所事業としては、地域の福祉施設とコラボして、障がい者と里山で遊ぶ「ナチュラルキャンプ」をコロナ前までは継続して行ってきました。また、企業研修を受け入れる「里山研修」や、飲食店とのコラボレーションイベントで里山フレンチや里山珈琲などのイベントを行ってきました。また現在メインとなっている居場所事業は、「里山ようちえんふえっこ」。自然を先生に、生きる力と呼ばれる非認知能力を育む里山ようちえんふえっこには、市内外から子どもたちが集まります。また、2022年度からオルタナティブスクール「里山楽校ふえっこ」もオープン。もちろんすべてを竹岡さん一人でしているわけではなく、笛路村の自然と、人のありのままを受け入れる空間に惹かれ、志を持った人たちが次々に集まってきて、それぞれにこのフィールドで想いを実現しています。
 

(里山ようちえん ふえっこ 作業スペース)


 
また、無農薬・無化学肥料での栽培をはじめて数年経った頃に出会った酵素肥料を、「自分たちで作ってみたい」と「酵素温熱風呂」も設置。酵素の中に埋まることで、その他の熱エネルギーは一切使用することなく自然熱のみで体を芯から温めることができます。リラクゼーション・デトックスとして提供し、できた肥料はもちろん畑に。初めて使ったときに、野菜自体のエネルギーが活性化しているように感じ、それ以来竹岡農園の農作物の大切な要素になっています。
 

(酵素風呂を撹拌している様子)


 

(里山レストラン)


 
併設の里山レストランは、竹岡農園でとれた旬の野菜を余すところなく生かした「自給自足スタイル」。基本的にはその日の朝収穫した、鮮度抜群の野菜が使われます。一日ゆっくりと酵素風呂や里山の料理を楽しめる農家民宿も、日常の暮らしでしがらみを感じている人たちがしばし自分を解き放てる場所としてリピーターが多くいます。また、民宿よりもっと気軽にステイができるゲストハウスもオープン予定。多くの人が里山・笛路村に「居場所」を見つけるための活動が、地道に続けられています。
 

(里山ようちえん ふえっこのフィールド)


 
 
 

重度身体障がい者の男性の生活とコミュニティから得たもの

このように、里山というフィールドを最大限に生かし幅広く活動する竹岡さんですが、その思いの根っこは大学時代の経験にあります。
 

(今では珍しい石垣の棚田)


 
竹岡さんは神戸市で生まれ育ち、農業とはまるで縁のない暮らしをしていました。大学時代、先輩に勧誘されたことをきっかけに、当時60代の重度身体障がい者の男性と出会ったことがすべてのきっかけになりました。その男性は脳性麻痺者で、学生や社会人で結成された介護グループとともに、在宅で配偶者と生活していました。存在全てで命を、生きることを伝え続けるその人に惹かれ、竹岡さんは大学に通いながら生活介護活動に参加し続けました。
 

 
その人の生き様からは学ぶことだらけだった、と竹岡さんは話します。介護活動をすることで「障がい者の役に立っている」と思い上がるのではなく、障がい者と共に生きていく社会実現を目指すという視点への示唆が、その人の言葉の端々に多く含まれていました。ともに生活介護を行うグループ内の人間関係の調整や、在宅障がい者のQOLを向上させるために行政の場に出向いたこと。その経験からやがて、自分なりの力で地域に根づいて生きていきたいという思いが芽生えてきました。
 

(棚田が守られている笛路村の風景)


 
また、笛路村を初めて訪れたのも、大学時代でした。竹岡さんのお父さんが、笛路村に「自分で家を立てたい」と土地を購入していて、その家を見に来たのがすべての始まりです。初対面でもオープンに接してくださった村の人の温かさを感じつつ、自らの手で収穫した黒枝豆を頂いて帰りました。その枝豆を、お土産がてら関わっていた介護の現場で食べると、その場にいた全員が笑顔になったのです。障がいのある人と、またともに介護を行うメンバーと、どのように壁を乗り越えて心の交流ができるかと常日頃から考えていた竹岡さんでしたが、黒枝豆の美味しさはそれを軽々と越えてしまいました。美味しいものが人と人との精神的つながりを強める。それに気づいたことが、竹岡さんが農業を志すきっかけになりました。
 
人間を超越した本質は自然界の中にあり、人間はそうした本質と繋がって生きていくことで豊かさを生み出していける。重度身体障がい者が、その生命を中心にコミュニティを作ってきた、それと同じことを、今度は「自然」を中心としてこの場所にも作りたい。竹岡さんが今、笛路村で居場所事業を続けているのにはその想いが根底にあります。
 

 
多彩な活動を見て、多くの人が竹岡農園に学びを目的に訪れます。でもそこで繰り広げられているのは、カリスマ性のある農場経営者が人を携える姿ではなく、一人ひとりが地に足をつけたコミュニティ。竹岡さんはそのコミュニティを調整する役割として存在しているので、想像と違うと言われることも多くあるそうです。そこにあるのは、自然という大きなコンテンツを囲み、思い思いに表現し営む人々の姿。自然の中に生きるその姿勢に共感した人たちとともに、ゆっくりと様々な側面が形作られて今の姿があります。
 
 
 

株式会社 竹岡農園

所在地:兵庫県丹波市山南町谷川2787-1

https://takeokafarm.com/

https://www.instagram.com/takeokafarm/