農薬化学肥料不使用、年間100品目の野菜をすべて露地栽培で育てているしんぺ~農園。Iターン就農して、今年(令和5年)で14年になります。毎日真剣に、そして楽しそうに農業に取り組む渡部真平さん・千明さんに、今の暮らしについて話を聞きました。
小さい頃から遊びに来ていた丹波市市島町を就農の地へ
真平さんが生まれ育ったのは、神戸市の垂水区。サラリーマン家庭でしたが、野菜好きのお母さんが丹波市(旧氷上郡)市島町の有機農業を応援する活動をしていたとのこと。真平さん自身も、子どものころから時々市島町を訪れ、土に触れていたといいます。本格的に農業を志したのは大学在学中。就活対策の一環として農業短期研修をしたのがきっかけで、「これを生業にしていきたい」とスイッチが入りました。
しかし、通っていた大学の就職課では、農業法人等の就職先を紹介してもらえませんでした。途方に暮れていた頃、大学の部活動の先輩から、「淡路島で農業をしている父のところにこないか」と声をかけられ、大学卒業後は淡路島に。土に触れ、新鮮な野菜を生み出す農業の仕事に明け暮れるのは楽しいものでした。修業先は慣行農業の玉ねぎ農家でしたが、近隣で一軒有機農業をしているところがありました。
「循環型で自然環境を守っていく農法だと、環境に良いだけでなく、食べた人が『美味しい』と言ってくれたときの感動が違うよ」。近くの有機農家さんのその言葉に惹かれ、真平さんは環境型農業について調べ始めました。有機農業をするなら、地域を上げて有機農業に取り組んでいる所が良い。そう考えたときに思い出したのが、幼少の頃から訪れていた有機農業の里・市島町でした。
家も畑も失ったときに見えてきたもの
平成21年に丹波市市島町に移住、2年間は研修制度を利用し、少しずつ着実に有機農業への道を進み始めた真平さん。「有機農産物」を生産するためには、禁止農薬や化学肥料、遺伝子組換え技術などを使用せず、種まきまたは植え付け前2年(多年草は3年)以上にわたり、水田や畑を有機的管理する必要があります。独立とともに借りた農地を有機的管理し、さあこれからというときに思いがけないことが起こりました。平成26年8月16日から17日にかけて、丹波市市島地域を中心に、甚大な被害をもたらした丹波市豪雨災害。この災害で真平さんは家も畑も流され、絶望の淵に立たされます。
話は戻り、水害の少し前。後にしんぺ~農園に嫁ぐことになる千明さんは、神戸市内に勤め、アクセサリー作家として活動していました。丹波市内のイベント出店をきっかけに、「ここに住みたい」と思うように。「丹波市に住んで、農家の嫁になりたい!」と、事あるごとに話していた千明さんは、知人の紹介で真平さんと知り合います。初対面のとき、真平さんはご挨拶に採れたてのミニトマトを持っていきますが、千明さんは実は大のミニトマト嫌い。大幅ポイントダウンかと思いきや、「仕方なしに食べたミニトマトがびっくりするほど美味しくて」、それをきっかけに千明さんは度々真平さんの農園に来るようになりました。
水害で家も畑も失ってしまいましたが、移住してからそれまでひたむきに頑張ってきた真平さんを、周りの多くの人が支えてくれました。避難先として受け入れてくれた「いちじま丹波太郎」の人々。代わりになる畑付きの住まいを紹介し、手続きに並んでくれた地元酒造場の代表。そして弱気になりそうなときにいつも心の支えになってくれた千明さん。真平さんは新たに春日町で農業を続ける決意をし、千明さんとも結婚。現在は二人のお子さんに恵まれ、子育てと農業に明け暮れる日々です。
田舎の農業に大切なのはコミュニケーション
地元にゆかりのないIターン夫婦であるしんぺ~農園のお二人が大切にしているのは、とにかくコミュニケーションを取ること。有機農業では草も生えやすく、慣行農業が通例の地域では不信感につながってしまうケースもあります。お二人は、春日地域に引っ越してからもとにかく村の人と話す時間、日役や行事など村の人と交流する時間を大切に過ごしてきました。お二人のオープンで真っ直ぐな人柄は村の人からも愛され、二人のお子さんも地元の方の温かい目に見守られながらすくすく育っています。
大切に育てた野菜の売り先は、生活に合わせて徐々に変化してきました。就農当初はグループに所属し情報を集め、小売店等に卸すことも多かったのですが、売り先が増えるにつれ、出荷作業に時間をとられすぎて、栽培や日常の生活にかける時間がなくなってきました。二人で「どういう暮らしがしたいか」を見直した結果、飲食店や個配、給食や直売所などに販路を絞り、今はちょうどいい具合で生活が回っているとのこと。
念願の農家の嫁になれて「本当に楽しい」と話す千明さん。お日さまとともに働きはじめ、日が暮れたら家に帰る生活。良質な有機野菜が身近に豊富にある豊かさ。さらに、道やスーパーマーケット、病院が混まず待ち時間が少ないのも快適。「本当に丹波市に住んでよかった」と満足している様子です。
「でも、いろんな方から移住の相談も受けるんですけど、その人が『どういう暮らしをしたいのか』をまず考えて、それに合っているかということをしっかり検討したほうがいいと伝えています」
理想の暮らしについて一本の軸を持ち、その思いが叶うフィールドなのか、覚悟ができるのかという見直しが重要だとも感じています。
昨年(令和4年)、近隣にもう一軒空き家を購入し、空き家についていた栗園で栗の栽培も開始。端境期の仕事として栗以外にもいちじくなど、果樹の栽培にも力を入れはじめています。また、購入した物件は、ゆくゆくは農園で育った野菜を楽しめる飲食の場になればと構想中です。お日さまとともにある暮らしはそのままに、無理なく新しいことにもチャレンジしていくしんぺ~農園のお二人に、たくさんの応援と笑顔が寄せられています。