丹波に移住して約10年。「めぐり農場」を営む末利公一さんは、オクラを中心に約30品目の野菜を育てています。中量中品目の栽培で、アルバイトも雇用しながら農業で生計を立てる末利さん。しかし、元々昔から農業を目指していた訳ではなく、学生時代のきっかけから農の世界に足を踏み入れました。

大学から農業へ、思いがけない転機

末利さんは大学では法学部で法律や国際政治学を学び、農業を志すなどとは夢にも思わない学生時代を過ごします。

在学中に雪かきボランティアへの参加がきっかけで福井県の限界集落を訪れます。

そこで目にしたのは、人が飲めるほどきれいな水が、惜しげもなくジャブジャブと湧き出る光景でした。

大学で学んでいた国際政治の授業では「世界には飲み水がなくて命を落とす人が大勢いる」と教わっているのに、この全く反した出来事はどういうことだろう。

そんな現実と日本の資源の豊かさを目の当たりにして、大きな衝撃を受けます。消滅危機にある村と豊かな自然の資源。その対比のなかで、環境や地域への関心が芽生えていきます。

 

そんな折、就活をしている際に参加した勉強会で、地域で幅広く活動されている⼤⼈の方に出会い、農業を紹介されます。

そうして大学卒業後、沖縄県のキャベツ農家で半年間働いたのち、大阪に戻り植物工場に勤務します。

独立を考えながら神戸で農地を探していた頃、市島町の方と出会い、有機農業を営む農家さんをご紹介いただきます。

そうして丹波に移住し、1年間の研修に入ります。

 

それまでは、有機農業と言えば精神性の面が強いというイメージを抱いていた末利さん。

実際には、土壌分析や栄養素管理など、きわめて論理的で科学的な営みなのだということが現場で学びわかってきます。

その時に学んだ農業哲学は、今も末利さんの根底に生きています。

生計を立てられる農業と喜ばれる農業

何事も自分が経験してからでないと、いくら知識を得ても腹落ちしない末利さんは、有機農家さんでの1年の研修を経て、自分で農業を営むようになります。

3年ほどはいちじま丹波太郎に住みながら、アルバイトもしながら、苗を育てたり、畑を耕したり、とても農業だけでは食べていけません。

1年の研修くらいではまだまだ何もできなかったと話す末利さん。冬野菜の種を撒く時期もわからず、雪が降っているのをずっと眺めていたと笑います。

 

研修を受けただけで農業一本ですぐにやっていけるほど、農業の世界は甘くはありません。3年ほどは新規就農を支援してくれる「いちじま丹波太郎」に住み、アルバイトを掛け持ちしながら、苗を育てたり畑を耕したりする生活を送ります。

 

試行錯誤を重ねながら、農業経営も少しずつ前進していきます。

研修先の農家さんの紹介で組合に入り、オクラの契約栽培が始まったことも大きなきっかけとなり、5年目にはアルバイトを一つに減らし、6年半で農業だけで生計を立てられるようになりました。

最初の頃は契約した量の収量が採れないこともありましたが、次第に安定して収量を確保できるようになり、契約量も段々と増やしていきます。

 

品目も増えて現在では30品目ほどの栽培を行っている「めぐり農場」。アルバイトを2名雇用もされています。

全く売れなかった時代も経験している為、作った野菜が売れると楽しく、また欲も出てきます。

そうして量を増やすと今度は、作った作物が売れ残ることへの焦りや不安も生まれてしまいます。

そんな時は本質に立ち帰り、本当にお客さまに喜ばれるもの、美味しいものを作るという気持ちを思い出します。

 

地域や環境と共にある「めぐり農場」

めぐり農場の作業場や圃場は、春日町の池尾という地域にあります。

いちじま丹波太郎で暮らしながら畑をしていた頃、声をかけてもらったことがきっかけで、池尾の近隣地域で農業をお手伝いするようになり、最初は空いている倉庫を借りて暮らしはじめます。後にその隣の家を購入し、この地で頑張ろうと決意します。決め手となったのは、土の色が違ったこと。野菜を作るのに向いているなと感じて、ここがいいなと思いました。

お世話になっていた農家さんが農地を減らそうとしていたタイミングに「自分にやらせてほしい」と申し出ます。現在は、3.5ヘクタールの圃場で野菜を育てています。

取材時の夏の真っ盛りにはオクラが全盛期。春にはスナップエンドウやビーツなど、夏はオクラにナス、秋から冬にかけてはカブやミニ白菜などの野菜を中量中品目の形で生産されています。

 

本質から考える

末利さんの思想には、常に「本質から考える」が根本にあります。サンマリーナホテルを再生させたと言われる「愛の経営」哲学に基づいて、まず先に価値を提供する。物質はすべて循環しており、不要なものなど何もなく、価値を与えて生かしていく。そんな想いがめぐり農場の名前にも込められています。

今後のことを考えると、悩んでしまうという末利さん。人を増やして面積を増やしてどんどん大きくしていきたいかと言えば、それは違うような。だけど、地域や環境ややりたいことをやっていくためには安定した規模は必要なような。そんな次の成長への過渡期を迎えているようです。

自分の感覚や直感を大切にするためにも、余裕を持つことを忘れずにいたいと話す末利さんは、世の中に喜ばれる作物の生産販売と、自分の根っこにある原点の想いを上手に調和させ、次のステージへの階段を登っている最中です。

 

めぐり農場

所在地:丹波市春日町池尾