肥料・農薬を使わず、植物と土の本来持つ力を引き出して行う農業・「自然栽培」。今回お話を伺ったのは、丹波市市島町北奥という地域で、自然栽培でお米を育てている高垣創さんです。高垣さんは、和歌山県橋本市の農家さんのもとで2年間自然農法の研修を受けたあと、お米づくりを志し、2018年に丹波市に移住・就農しました。
 

(高垣創さん)


 
 
 

「土」の持つ力に惹かれ、自然農業の道へ

高垣さんの出身は、大阪府松原市。大学進学を機に東京へ移り、一人暮らしをはじめました。じっくり自分と向き合う時間ができたとき、たまたま手に取ったプラトンの哲学書に感銘を受け、哲学の世界に引き込まれます。20代で読んだ本はおよそ1000冊。さらに自然科学に触れ、ダイナミックに活動を続ける地球の構造、生命誕生の条件などを改めて学んだことで大きな衝撃を受けました。様々な学びを得る中で特に高垣さんが惹かれたのが、命を育む「土」の力。自身の哲学を表現できる場は土にあると強く感じました。
 

(毎年恒例となっている田植えイベント「TAUE!2023」の風景)


 
土について探求する中で、生業としての農業に魅力を感じたという高垣さん。土の力を最大限引き出す自然栽培を学ぶため、和歌山県橋本市に移住し、自然栽培農家のもとで2年間の研修生活を送り、自然栽培農家として独立できるスキルを身に付けました。
 
 
 

運命のフィールド「北奥」との出会い


 
研修修了を間近に控え、就農場所を探していたころ、和歌山県の移住支援イベントにボランティアスタッフとして参加したことがきっかけで、丹波市の地域おこし協力隊メンバーと出会います。丹波市の話を聞き興味を持った高垣さんは、一度丹波市を訪れてみることになりました。そこにあったのは、良き場所そして良き人たちとの出会いでした。市島町の北奥は、丹波市の中でも里山の原風景が残り、佇むと鳥のさえずりや風のゆらぎを感じる、静かで深い時が流れます。そしてこの地で先に自然栽培に取り組んでいた「うむ農園」を営むご夫婦との出会いが、丹波市で就農する決め手となりました。土に向き合う高垣さんの思いを周りの人も受け止め、多くの人達の応援をうけながら、2018年「はじめ米」の栽培が始まりました。
 

 
 
 

土と水と太陽が育む「はじめ米」

「はじめ米」は、通常の稲作で使われる農薬や肥料を一切使用せず、混じり気のない土と水、そして太陽の恵みだけで育てられています。主要品種は「朝日」。大粒でスッキリとした中に甘みのある食味が特長です。

米農家を志すにあたり、一番美味しい品種をと追い求めた高垣さんが出会ったのがこの「朝日」でした。朝日は晩生(おくて)の品種といわれ、田植えは6月中旬、収穫は11月上旬にと、他の品種よりも遅い時期に行われます。その分イノシシに出遭う可能性も高く、他品種より多くの台風を乗り越えなければなりません。また比較的背が高いため、栽培時に倒れやすく、大粒のために脱粒しやすい等、育てにくい品種でもあります。収量は落ちてしまうこともありますが、数々の試練を乗り越えて残った希少なお米の品質は抜群。取引のある高級日本料理店のお客様からも喜ばれる、至高のお米に仕上がります。
 

 
さらに、朝日より大粒で、粒感のある触感と軽い口当たりが特徴の「ハツシモ」は、はじめ米のオリジナル加工品にも麹として使用されています。はじめ米の「ハツシモ」を使ったお味噌や甘酒は、とてもまろやかな仕上がりで、老舗麹屋の親方からも評価される品質です。

また言わずと知れた定番人気品種「コシヒカリ」も栽培。冷めても美味しいので、お弁当やおにぎりなど、普段づかいではじめ米を楽しみたい人たちに親しまれています。
 
 
 

多くの人と生命の躍動を分かち合うために


 
手間のかかる自然栽培ですが、高垣さんは土と向き合いながら、作物そのものが持つ力をまざまざと感じることがあるといいます。「はじめ米」の栽培を通して実感できる生命の躍動を多くの人と共有したい。その想いから、高垣さんは友人たちを田植えや稲刈りの時期に田んぼに招待するようになりました。源流に近い美しい水が張られた田んぼに足を浸し、一本ずつ手で苗を植えていく、太古から続けられてきた営みをこの時代に再現。その活動はやがて毎年恒例になり、評判を呼んで年々多くの人たちが関わるようになりました。
 

 

(稲わらは保管し、夏野菜の栽培などに使って循環させる)


 
田植え、稲刈りを通して地域内外の人たちと思いを分かち合う機会を続けてきた高垣さんでしたが、2020年は不作の年となりました。人の「食」のベースとなるお米で、多くの人に喜んでもらいたい。それが原動力の一つだった高垣さんは、「違う形で喜んでもらえないか、思いを伝えられないか」と考えを巡らせます。そして、もち米の稲わらを使ったしめ縄づくりにたどり着きます。丹波市内のしめ縄名人のおじいさんから手ほどきを受け、古くから続く日本の文化を伝える「しめ縄づくりワークショップ」はその年に始まりました。それからは冬の手仕事の一つとして、遠方から毎年人が訪れ、関わり伝える大切な機会になっています。
 
(黒米の稲穂と、しめ縄ワークショップの作品)

(黒米の稲穂と、しめ縄ワークショップの作品)


 
近隣の農家さんとのつながりも年々増え、「丹波市立 農の学校」卒業生がはじめ米とコラボレーションした野菜セットを販売するなど、新たなつながりも生まれ、一人親方で米農家をしていても「孤独を感じることはない」と話す高垣さん。これからの展望をお聞きすると、「具体的な目標があるわけではないですが、今目の前のことに丁寧に向き合っていきたい。その結果として、お米を通して笑顔になってくれる人が増えていったら」とのこと。等身大のまま背伸びせず、なおかつ妥協無しで土と向き合い続ける高垣さんに、多くの人たちの笑顔と思いがよせられています。
 

 
 
 

はじめ米

所在地兵庫県丹波市市島町北奥
https://hajimemai.thebase.in/
https://www.facebook.com/はじめ米-261292564515833